前回図書館で借りてきた「サイクリング」に続き、古のサイクリング事情を学ぶため「サイクリング事典」という本を借りてきました。目的は引き続き日本のサイクリングシーンが非コンペティションからコンペティションへ切り替わった転換点はいつか、を探ることです
現役のサイクリストで年配の方でも知ってるのはせいぜい80年代まで。70年代以前は完全に歴史の中です
借りた本
書名 |
サイクリング事典 |
著者 |
鳥山新一 |
発行年 |
昭和46年(1971年)10月10日 |
発行 |
ぺりかん社 |
価格 |
650円 |
今から53年前
著者は鳥山新一氏
この本を書かれた鳥山新一氏、日本のサイクリングの歴史に名を刻む偉人(らしい)です。別の本に著者の詳細が載っていました
大正8年(1919) 東京生まれ。昭和17 年(1942) 東京大学医学部を卒業。昭和 9年ごろからサイクリングを始め、戦後昭和27年にはサイクリングの指導と、自転車の技術研究をする「鳥山研究所」を設立。一貫して日本サイクリング界とともに歩み、サイクリングの理論的指導者として各方面に活躍、現在に至る。この 間,ヨーロッパを3度訪問、イギリスをはじめ、フランス、西ドイツ、イタリア など各国をサイクル・ツーリングする。
日本サイクリングクラブ副会長,日本サイクリング協会常任委員,国際自転車医学会会員,世界最初のサイクリング団体「CTC」(イギリス)のクラブ員
JCAの中心人物で著者多数。メーカーの製品開発にも手を貸し、フランスのランドナーとルネエルスを日本へ紹介したと。これ、日本サイクリング界の手塚治虫みたいな存在なんじゃ?
しかし、今では知ってる人ほとんどおらず、もちろん自分も知りませんでした時の流れは残酷
本書の構成
本エントリーの最後に目次を載せてますが、サイクリングの基礎、プランニングの実際、機材について、メンテナンスの4つで構成。プランニング、機材、メンテナンスの項目は私が知りたいことと無関係なのでスキップし、サイクリングの基礎にフォーカスして読み込んでいきます
プランニングにページが大きく割かれていることに時代を感じます。当時はGPS機器など無いですから、ルートセットと現地確認のスキルが要求されたのでしょう
サイクリングの定義
この本、全体的に文章が平易で読みやすいので引用を中心に。
わが国では「自転車を利用したレクリエーション全体」をサイクリングと呼んでいる。
この定義は広い意味のもので、自転車の散歩から何十日にも及ぶ長距離の旅行まで含まれるが、一般にはさらに狭い意味で使われており、日帰りか一泊程度のものを指す場合が多い。
わが国では長年の慣習から自転車を利用したスポーツであるサイクルレー スは、サイクリングには含めず、「自転車競技」として別に取扱っている。
元々レースはサイクリングには含めなかったようで、これは発見でした
サイクリングの本質
「自分自身の力で」「自然の中を」 「自由に走る」ことがサイクリングの本質といえる。「自分自身の力で」というのは単にペダルを自分の足で踏んで走るということではなく、ブランの立案から、準備をはじめ、走る速さや休憩など、すべて自分の考えで判断して行なうという意味で、そこに人間性回復の意義も あり、楽しさもあり、バスや電車などの他の旅行手段とのちがいもある。
サイクリングの魅力は自由にこそある、と本書でこの本では繰り返し著者が書いているのが印象的
サイクリングの歴史
日本のサイクリングの歴史について、本書でラフに紹介されている。ここ割と知りたかったところ!
レクリエーションとしての近代サイクリングは、第二次大戦直前から一部の先駆者の間でイギリス流のサイクリングを手本として行なわれ始め、スポーツ車も二大メーカーによって市販されたが、間もなく第二次大戦となり、サイクリングは普及することなく消滅した。
第二次大戦後、生活の安定に伴い一九五○年頃よりクラブ活動が始り、一九五五~五六年の大ブームとなったが、生活水準がまだ低かったためすぐに去った。しかし、このブームによってわが国でもサイクリング用車が生産されるようになり、サイクリングという用語も広く知られるようになった。
一九六四年財団法人日本サイクリン グ協会(JCA)が生れ、各県にもサイクリング協会がつぎつぎに結成された。生活水準の向上による余暇の増大に伴い一九六五年以降再びサイクリングは盛となり、特に一九七〇年以来、公害問題や人間性回復が強く叫ばれ、サイクリング道路が全国的に作られ、サイクリングブームを招いている。
※太線は私が引きました
1955年~ 第一次自転車ブーム
1964年 JCA設立
1970年~ 第二次自転車ブーム
なるほど!
サイクリングの種類
では、当時の日本ではどのようなライドが行われていたのだろうか?基本はポタリング的なものがメインだったようだ。いわゆる”サイクリング”です
あと、集団サイクリングなる謎の走行様式があった模様。少し長いが引用したい。
集団サイクリング
わが国独特のサイクリングの方法で、数百人の大集団が一斉に隊列を整えて走るサイクリングのやり方である。これはサイクリングの普及の当初、一九五五年頃に、サイクリングの啓蒙普及運動が行なわれ、「○○市民サイクリング」といった呼びかけで不特定多数の人々の参加でサイクリングの行事を行なった際、数百人の人々を混乱なく秩序正しく「とにかく走らせる」ためにとられたサイクリングの知恵である。
軍隊による団体行動の流儀がまだ残っていたため、一〇~一五名の班別編成で腕章をつけたリーダーの号令とと もに大部隊がいっせいに走る状況は当時の人々に抵抗なく受け入れられたため、それ以後こうした「多勢の人が班別でリーダーの指揮下に隊列をなして走ることが正しいサイクリング」というう誤解を生むことになり、これが今日までなお根強く全国的に浸透している。
見ている人にはリーダーの指揮の下に一糸乱れず行動するため、何か素晴しく思われるが、走っている人にとっては自由が少くサイクリングの本質を殺される上、少しも楽しくないという大きな欠陥がある。このことはわが国のサイクリングの発展にとってまことに残念なことで、 このやり方がサイクリングの本当の楽しさを知るうえで一番大きな障害になっており、走る人に「自由に走る」と いうサイクリングののびのびとした楽しさを味わってもらえないために、サイクリングの健全な普及上からも困った影響を与えている。
数百人による一糸乱れぬ集団サイクリング、、、これもうマスゲームやんけ(笑)
こういう奇妙な文化が大流行したというのは面白い。そしてこのことが歴史に完全に埋もれていることもびっくり
氏が「自由こそサイクリングの本質」と繰り返し本書で述べているのは、こういうマスゲーム的カルチャーへのカウンターだったんでしょう。鳥山新一氏が日本のサイクリング文化に与えた影響はかなり大きいようですし、かなりの期間この価値観の支配下にあったと想像できます。レースが別枠というところも含め、この辺の価値観を知れたのは収穫でした
図像
戦後~1970年頃のサイクリング文化まとめ
「サイクリング事典」で分かったことはこんなところ
1955年~ 第一次自転車ブーム
1964年 JCA設立
1670年~ 第二次自転車ブーム
- 戦後間もない頃、集団サイクリングという文化があった
- 鳥山新一氏主導で?(集団サイクリングへのカウンターとしての)自由を重視する価値観が生まれた
- サイクリングにレースは含めなかった
本書「サイクリング事典」では日本のサイクリング文化がレースに偏る、その転換点は分からなかったが、貴重なヒントを得ることが出来た
今後は戦後のサイクリング関連書籍を当たりつつ、自転車競技の書籍を探すつもりだ。たぶんそういう本があるはず
【おまけ】
2022年に「ハンドメイドバイシクル展」に行き、なんでこんなランドナーばっかやねん?と疑問だったんですが、鳥山新一氏の影響によるものだなとようやく得心。日本のビルダーはこの呪縛からどうやって離れるかがひとつの課題なのかもしれない(あるいはその価値観に殉じて沈んでゆくのもある種滅びの美学かもしれないなと思う)
【おまけ2】
戦後のサイクリング文化について現京都産業大学上野継義教授のサマリー
これ網羅性が高くておまけというにはあまりにもあれですが、、、これ読んで戦後~高度経済成長期までのサイクリングシーンの解像度がぐっと上がりました
https://ksu.repo.nii.ac.jp/record/1562/files/AHSUSK_SSS_31_137.pdf
【おまけ3】
「サイクリング事典」目次
まえがき
サイクリングの基礎知識
サイクリングの本質と特色
サイクリングの歴史と現状
サイクリングの種類
サイクリングと健康
サイクリングの組織
サイクリングの実際
サイクリングのプランニング
サイクリングの装備と用具
乗車所と安全性
サイクリング用車の基礎知識
サイクリング用車の基礎知識
テイクリング用車の基礎理論
フレームの基礎知識
パーツの基礎知識
サイクリング用車の実際
自転車のえらび方
自転車の正しい取扱い方
パーツのえらび方
点検と整備
付録 全国都道府県サイクリング協会所在地
普及指導用自転車配属先一覧表
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