熊スプレーを買いました。自分が走る神奈川エリアも目撃情報が相次いでますし、先日に至っては大山のケーブルカーの駅の至近に出るという。もう市街地も目と鼻の先です。対策は必要かもしれません

購入したのはドイツ製の熊スプレー。購入時価格4,400円となかなかのお値段。これからニーズも増えそうですし、大正製薬さんキンチョーさん、国産スプレーいかがですかね?国内ならもっと安く作れるでしょう?
ドイツ製熊スプレー
トップにセーフティが掛かっていて、解除しないとスプレーできない
一番コンパクトなタイプで、たまたまですがトップチューブバッグにぴったりでした。ただ突然目の前に熊が出たとして、さっとこれを出して構えて、落ち着いて発射できる気がしません。
3Dプリントしたバッグの仕切りにシンデレラフィット
ばっちり
サイクリスト熊遭遇多すぎ問題
スプレー買った後に気になり、ライド中に熊に遭遇したことがあるかXでサイクリストにアンケート取りました
熊遭遇率、実に30%!!!みんな森の中で熊さんに出会いすぎじゃない???
もちろん全ライドを通じての遭遇率ですし、本州なのか北海道なのか、あるいは遠くにちらっと見えただけなのかそれとも目の前に出たのか、詳細は不明です。しかし10人に3人のサイクリストが熊に出会ったことがある。想像以上の結果で恐れおののきました。個人的には3~5%じゃないかと思ってたんですよ
ファクトベースでの熊害のリスク
正しく恐れるには正しい情報、つまりファクトが必要です。実際のところ熊害(ようがい、と読みます)はどの程度発生しているのでしょうか?環境省が「クマ類の生息状況、被害状況等について」という資料を発表しています。これを見てみましょう
https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/kuma-situation.pdf
令和5年度の1月末までのクマ類による人身被害の発生件数(人数)は197件(218人、うち死亡6人)となっており、月別の統計のある平成18年度以降最多ペース。
なるほど197件…多いのか少ないのかちょっとピンとこないですが、過去最高というのは気になるところ
資料によると人身被害は東北に多いです。熊というと北海道のヒグマのイメージですが意外でした。また、ニュースでは「熊の被害過去最高!」だなんてフィーチャーされていますが、発生件数の平均はおおむね年間100~120件くらいです。
他の生物起因リスクとの比較
熊の人身被害は年間100~120件で近年増加傾向、これは分かりました。では、熊が最も恐ろしい生物災害なのでしょうか?たとえばマダニが媒介となるSFTS(重症熱性血小板減少症候群)はどうでしょう?あるいは外傷に細菌が入ることによる破傷風は?こういったリスクと比べて熊害は著しく高リスクなのでしょうか?
こっちはサマリーを貼っておきますが、各々の発生件数は下図の通りです
死亡を招く最大のリスクは実はマダニ媒介のSFTSです。罹患した場合の致命率が高いうえ、治療方法が対処療法しか存在しない非常に危険な病気です。山でのグラベル/トレイルライドで熊より恐れるべきはダニかもしれません
次にリスキーなのは破傷風です。これまた致命率が高い。破傷風菌に対する抗体は加齢とともに失われるので、おじさんにはかなり危ないです。ちなみに私は2022年にワクチンを追加接種しました。接種は保険適用されて非常に安価ですし、40歳超えてたら検討しても良いと思います
数字だけみてリスクを判断するのは尚早で、SFTSは農業従事者に多いとか、破傷風は前述のとおり年齢によってリスクが異なるとか、いろいろあります。ただ、発生件数だけ見ると、熊害が突出して高いリスクとは言えない、と思います
熊スプレーを買った理由は?
じゃぁなんで熊スプレー買ったんや、って話なんですが、自分でもなんで買ったのかよくわかりません。うーん、いきおい?(笑)
つらつら考えるに、熊スプレーって山に入ることに伴う自己責任と社会保障の象徴なんじゃないかと思うんですよ
山に入ることと自己責任論【自由と責任】
人は生まれながら自由という主張
私たちの社会に通底する思想のひとつは自由主義です。人はそれぞれ自律的に生きる権利がある。自由に行動した結果、大きな利益を得られても、あるいは格差が生じたり不都合が生じても、それは当人の責任である。ラフですがそういう考え方です。私たちの社会構造はこれに準じています。僕らは自由で、いつでも好きなときに山に入ることができる!ビバフリーダム!それが社会の根幹
自由とその結果に対する自己責任、これには批判が生じがちです。例えば山岳救助費用に対する批判がそうです。自由に山に入って崖から滑落しても、それは当人の責任であって救助する必要はない!全て自己責任!TVキャスターの辛坊治郎氏が太平洋沖で遭難したときの騒ぎを覚えている人は多いでしょう。近年ではシーズン終了後の富士登山でこの話題が起きがちです。
山に入ることと社会保障論【人権と公的支援】
人は容易に弱者足りえるのだから社会が助けなくてはならないという主張
現代社会思想の根幹である『自由と自己責任論』に対して、個人でカバーできることには限界があり、政府あるいは社会全体で弱者(例えば災害に遭った人)を救うのことが重要である、という思想も存在しています。人権と社会保障論です
人には生まれながらに人権があり、それを守るために社会保障を行う、税金はその社会保障のために存在する。社会の授業で習いました。熊が出るなら駆除してみんな安全に山に入れるようにしよう、ということです。
熊のケースで言えば、それは駆除だけには留まりません。定期的な熊の生態調査、柵などで熊と人間の活動エリアを区切る、あるいは入山者へのスプレーの無償貸与といったことも、社会保障の一環と言えます。熊を鉄砲で撃って煮て食うだけが全てではない
個人が自費で熊スプレーを買うということは、熊を取り巻く社会保障に限界がある、少なくとも個人ではそう感じていることを差し示しているのではないでしょうか
時代はやや自己責任論に傾きつつある?
自己責任と社会保障、どちらかというと対立する概念ではありますが、どちらが正しいということはありません。社会は議論を通じてアップデートを行い、バランスを取りながら進むものです。その中で安全は変化していきます。
アメリカでの共和党政権の急進的活動(婉曲的表現)とか、日本の先の選挙での新興政党の躍進(婉曲的表現)とかを鑑みるに、2020年代というのは社会保障に関する議論は好まれず、やったことの責任がその人に100%かかる自己責任論に傾いているのかなぁという実感があります。
熊スプレーを買った本当の理由
結局熊スプレーを買った本当の理由は、自己責任論に傾く世論に対するリアクションかもしれないな、ということです。
前述の通り、熊害は他の生物起因リスクと比べて極めて大きいものではありません。
もし今グラベル/MTBライドやって熊とトラブルを起こしたら(そしてそれがSNSで拡散されたら)、絶対ぼろくそ叩かれると思うんですよね。『このご時世に山でサイクリングとか頭がおかしい』『山に勝手に入って熊と遭遇して怪我した?そのまま熊に食われればいいんだよww』言われますね、絶対。目に浮かびます。そういうことを言われたくない、保身のために熊スプレーは持っておこうかという気持ちが購入の裏側にあるかもしれません。…本当に怖いのは熊じゃなくて人間かもしれない(笑)
まとめ
熊スプレーを通じて自由と社会保障について考えさせられました
自己責任と社会保障というテーマは、熊害だけに留まらず、アウトドアアクティビティでのトラブルとその救済に伴う社会制度への負担をどう考えるか、ということに直結します。既に書いたように正解はありませんが、考えることは大事だと思います
参考書籍
このエントリーでは非常に簡単ではありますが自由と社会保障について書きました。自転車以外のことなんて、ましてやこんな難しいテーマでブログ書くもんじゃないなと思いながらエントリーを上げました。正解の無いこの議論に興味を持たれた方におかれましては、きちんと論じられた書籍をどうぞご覧になってください。よろしくお願いいたします。
政治的なポジションというのは、自己責任と社会保障のようなシンプルな対立概念ではなく、もっと多様です。その辺がまとまっている書籍として、橘 玲の「テクノ・リバタリアン」があります。比較的最近書かれていてアメリカのテック長者の思想を紹介していて現代的です
もう一冊上げるならやはりこれ、マイケル・サンデルの「これから『正義』の話をしよう」。広義の倫理学の本ですが、正義に関する議論について歴史を絡めて紹介されています
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